2009年06月13日

「陽炎の辻3」第8話

今回のお手柄は宇梶武左衛門だった(笑)。
お手柄といっても、飲んだくれていただけだが(苦笑)。

それにしても、磐音くんはいつからおこん至上主義になったんだ?
「おこんさんが嫌というのであれば、この話はお断り致します」
って…たらーっ(汗)

剣の道は棄てられないと言っておきながら、この発言。
このノリだけは、どうにも脚本に納得が行かない。
そんな簡単に諦められるほどの剣術修行だったのか?
他にも剣術の道があるって…そんな簡単に見つからないこと、江戸での「浪人の暮らし」が長い坂崎磐音ならば分かっているだろうに。

あーあ。
何だかとっても奈緒が可哀想になってしまった…。(鹿の使番)

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posted by 鹿の使番 at 00:00| Comment(3) | TrackBack(0) | 陽炎の辻 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
分かってないな〜。
家を捨てて言わば余生のようなつもりの人生。
一番大切なのは人との縁と気付いた磐音に、伴侶と決めた人以上に大事なものはないでしょう。
名に捕われなければ何とでもなる、道場も流派も一つではなし。
それこそ浪人暮しで学んだはず。
Posted by みかん at 2009年06月14日 08:03
みかんさんコメントありがとうございます。
伴侶と誓い合っているのならば尚更、重大な責務を負うような
決断をおこんに丸投げするのはいかがなものかと思います。
「それがしと一緒に来てくれ」と言えばそれでよかったのではないでしょうか。
奈緒の件がある以上、お涙頂戴で引っ張るのではなく、
例えどんな形であれ一緒だよと即決させた方が
二人の覚悟のほどがよく伝わっただろうにと思います。
Posted by 鹿の使番 at 2009年06月14日 12:22
丸投げとはちょっと違うでしょう。
気楽な町人のおこんに簡単について来いと言える程、武家の家と名を背負うことは軽くはない。
磐音自身がそれを引き受ける覚悟すらまだ決まってないのに。
武家の重さや辛さ不自由さは公私にわたって一生続くんだもの。
増して師匠の家を継ぐために入ったら生家を守るより責任は一層重い。当主だけではなく奥方も当然。
おこんさんが嫌ならわざわざそんな道を選ぶこともない、と考えるのはおかしくない。
浪人の磐音さんと貧乏でも気楽に生活するのとは訳が違う。
奈緒のことだって武家でなければ違う道もあったかも知れない事を思えば余計、おこんさんには望まぬ苦労をさせたくはない。
と、考えるのは自然だと思いますがね。
Posted by みかん at 2009年06月14日 17:12
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